「椛(もみじ)と楓の物語」
~失われた「赤の彩」をよみがえらせて未来につなぐ~
加藤 佳英さん

「椛(もみじ)と楓の物語」<br>~失われた「赤の彩」をよみがえらせて未来につなぐ~
小鹿野町両神地域にひときわ鮮やかに紅葉するもみじが目を引くお宅があります。今回はそのご主人であり、秩父地域で「いろはもみじ」の苗木を1万本以上植えてきた「もみじい」こと加藤佳英さんをおたずねして、もみじを通じた活動や地域への思いについてお話を伺いました。(取材日:令和6年11月21日)

お話を伺った方

秩父もみじ代表

加藤 佳英さん


加藤さんがもみじに興味をもったきっかけは何ですか?

私は旧両神村(現在は小鹿野町)の出身で、もともと建築設計の仕事をしていました。大学を卒業後、就職して最初の6年間は大阪で勤務していました。そのころに京都の嵐山や大原の寺社仏閣でみたもみじの紅葉が心の奥に深く印象として残っていて、振り返ってみるとそのころの記憶が現在のもみじやカエデの活動に影響していたのかもしれませんね。

忘れられる養蚕農家の記憶をよみがえらせて未来につなぐ建築


加藤さんのご自宅にこめた思いをお聞かせください。


もみじに囲まれた素敵なご自宅

私は建築設計の仕事をしていたので自身で自宅の設計を行いました。そのコンセプトを考えるにあたり、過去は養蚕農家だったことの記憶を建築の形の中に残し、未来につなげたいと考えました。繭から絹糸を座繰りを使って「糸巻」に巻き上げると正方形の形ができます。この形を建築の平面形状に取り入れ、建物を上から見たときに正方形となる形としました。正方形の平面形状の建築に屋根をつけると方形屋根※(ほうぎょやね)になります。その方形屋根の先端を切り取って、建物の真ん中に中庭を作り光と風が舞う建築としました。その建築には所有林の間伐材を構造材として使っています。

※方形屋根:上から見ると正方形の形をした屋根で、横から見るとどの方向から見ても屋根は三角に見える


繭から絹糸を糸巻に巻き上げると正方形になる

方形屋根の家。先端を切り取った中に庭があり明るい光が差し込む


すごく特徴のある形で、この土地の歴史が感じられる素敵な建築ですね。色鮮やかな庭園「椛と楓の里」についてお聞かせください。

失われた赤の彩を里山の裾野に復活させる


裏山の「いろはもみじ」を移植した庭園

建物ができた後、庭づくりにとりかかりました。自宅の裏山が杉の所有林になっているのですが、建物の材料となる間伐材の選定をしている時、その林の中に「いろはもみじ」が数多く自生しているのがわかりました。旧両神村の村の木は「もみじ」だったこともあり、「杉の裏山の裾野を秋は真赤に染めたい」と思い、裏山から「いろはもみじ」を自身で庭園に移植しました。
その後、大きく成長した庭園の「いろはもみじ」が秋に落とした種子を掃き集めて、庭園前の畑で総計3万本もの「いろはもみじ」の苗を育苗しました。そのうち最終的に枯れずに育った1万本以上の苗木を秩父地域での植樹に活用しました。


杉の裏山と、赤く染まった裾野


赤と緑のコントラストが見事です。ご自身で移植するのは相当大変だったでしょうね。次にカエデの植樹活動について教えてください。

私より年齢の高い方にお聞きすると、拡大造林などの影響で、秩父地域は赤の彩が薄くなったと言われます。そこで、唱歌「もみじ」で歌われている世界観を再現したいと思い、「失われた赤の彩を里山の裾野に復活」させることをコンセプトに、秩父地域の県・市町や団体へ「いろはもみじ」の苗木を無償提供し植樹していただくことで、公園や公共用地等の景観再生を目指すことを提案しました。その結果ご理解、ご協力いただいた方のおかげで2008年から現在(2024年6月)までで11,111本の苗木を植樹いただくことができました。秩父郡市の市木や町木はほとんどがカエデやもみじです。秩父地域に自生しているカエデはまさに秩父のDNAを引き継いでおり、その遺伝子を未来に着実に残していきたいと思っています。

いろはもみじ苗木の提供先
苗木の提供先 本数 植樹場所
埼玉県 1,834本 両神国民休養地 他
秩父広域市町村圏組合 625本 秩父斎場 他
秩父市 外 2,530本 羊山公園 他
横瀬町 外 2,196本 花咲山 他
長瀞町 外 523本 宝登山神社 他
皆野町 外 12本 工場 他
小鹿野町 外 3,095本 国民宿舎 他
その他 296本
合計 11,111本

秩父地域には20種類のカエデが自生


秩父地域をはじめ各地のカエデを調査されていますね。

2012年から秩父地域を中心にカエデの研究や試験栽培のための調査を行っています。きっかけは当時の埼玉県秩父農林振興センターの方にカエデの調査への同行が認められ、秩父市内の山へ行ったことでした。そこから秩父市浦山の国有林にある天目山林道や秩父市大滝の中津川上流にある埼玉県有林、東京大学秩父演習林などでこれまで60回以上、カエデの植生調査や種の採取等を行っています。
全国に28種類あるカエデの原種のうち、埼玉県には21種類あるといわれていましたが、調査を進めていったところ、そのうちミネカエデは県内に分布しないということが調査からわかってきて、このことが2022年に埼玉県立自然の博物館の研究報告誌に掲載されました。


秩父地域で行ったカエデの調査

秩父のDNAをデザイン 新作秩父銘仙「椛と楓の詩(うた)」


2023年に発表された秩父銘仙「椛と楓の詩」について教えてください。

2025年に秩父ミューズパークで開催される第75回全国植樹祭が開催されるということで、秩父地域に分布する20種類のカエデやかつての一大生産地だった絹から生まれた秩父銘仙を広く知っていただける良い機会だと思いました。
そこで、秩父銘仙に着目し、秩父地域のDNAを引き継いでいる20種類のカエデの葉を新たに考案した「DNA二重らせん構造文様」でデザインした秩父銘仙「椛と楓の詩」を製作しました。2023年11月に秩父市と小鹿野町で展示会を開催し多くの方にご来場いただきました。


20種類のカエデに彩られた秩父銘仙の反物


2025年5月に埼玉県(主会場:秩父ミューズパーク)で行われる第75回全国植樹祭への思いを教えてください。(皇后陛下のお手播き樹種にイタヤカエデが選定)

現在第75回全国植樹祭秩父地域推進委員会の推進委員を委嘱されており、これまで苗木のスクールステイや全国植樹祭関連イベントで苗木の提供やもみじの知識の普及などを行っています。
全国植樹祭では、ぜひ全国から訪れた訪れた植樹祭式典招待者の方々に秩父地域のカエデを広く知っていただきたいです。また、秩父地域に分布する20種類のカエデの葉をデザインした秩父銘仙「椛と楓の詩」についても多くの人に知っていただける機会となることを期待しています。


今後の活動について教えてください。

秩父地域の森の恵みであるカエデはアイディア次第で色々と活用できると思います。例えば桜茶ならぬ「カエデ茶」やカエデの草木染もしてみました。紫のいい色合いに染まります。私も高齢になってきましたので、こうしたアイディアを若い人たちに伝えていき実践してもらいたいと思いますし、秩父地域全体でもっともっとカエデを活用してほしいと願っています


カエデの葉の塩漬けを浮かべた「カエデ茶」

カエデの草木染


加藤さんのご尽力で秩父地域各地に植えていただいた「もみじの赤」を大事に育て未来に残していきたいです。お話ありがとうございました。

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