森を活かし、森と生きる
島崎 武重郎さん
そして、秩父の山の将来を見据えて、森と人との結びつきの大切さを多くの人たちに唱え続けている「秩父百年の森」。2つの団体のキーパーソンであり、秩父の山の未来を想いつづけている島﨑さんに、お話しを伺いました。
(取材日:平成25年11月21日)
NPO法人 秩父百年の森 理事長
秩父樹液生産協同組合 専務理事
島崎 武重郎さん
山で飲んだカエデ樹液100%の紅茶の味が忘れられなくて
島﨑さんがカエデの魅力を知ったきっかけは何だったんですか?
本当に一番最初にカエデに出会ったのは、37~38年ごろ前になりますかね。
大学時代、立山連峰に登ったときに、山小屋のおやじさんに紅茶をごちそうになったんですよ。それが普通のティーバッグで入れた紅茶だったんですけど、なんとも言えない深い甘さが香る紅茶で、たまらなくうまいものでした。砂糖を入れたのか聞いてみたら、マタギの人はイタヤカエデの樹液100%だっていうんです。びっくりしましたね。それ以来、どうしてもあの紅茶が飲みたいと思って、毎年立山連峰に行っては、その人を訪ねて、樹液の採り方なんかを教えてもらいました。
カエデ樹液の活用に着目し始めたのは、地元秩父に帰ってきたとき。商工会議所青年部に入って、秩父らしい新たな特産品をつくろうっていう取り組みをしていく中で声がかかってからです。そんな経験がありましたから、ぜひカエデで秩父の特産品を作ってみたいと思ったんです。
秩父のカエデにはどんな特徴があるんですか?
秩父発、“五感”に訴えかける新しい林業の形
去年(2012年)、山に生えているカエデの木の下から生えている苗700本を里に下して育てています。そのまま山で育ててもシカの餌になっちゃうんですよ。そして、ある程度育てたら、また山に返すんです。地元の山で何百年も生きてきた木から種をもらって、育てる。大事なのは、その土地の植生のことを考えても、苗は外からもってきちゃいけないということ。山の中で循環させるべきなんです。そうすれば、何も苗を買ってくる必要はないでしょ。しかも、質の良い、おいしい樹種を選んでいけばいいわけですね。
あくまでも地元産というこだわりを持っているということですね。
でも、そこには学問的な裏付けが必要になります。それに、こういった分野の研究をしている大学と連携すれば、自分たちがやっている研究を実際の社会に活かせる面白さを感じることもできる。まさに、地域性と学問的な専門性が連携する一つのチームになればいいですね。現在の林業では、この「地域性を活かす」ということが、面白いのと同時に、難しいことでもあるのだろうと感じていますが、そこに答えがあると思っています。
大滝の林家の皆さんとはどういったきっかけで出会ったんですか?
これも商工会議所青年部のとき、入川渓谷トロッコ軌道跡(秩父市大滝)をどうにか地域振興に生かせないかと持ちかけられたときの話になります。荒川源流の起点のところにちょっと広い場所があるんですが、そこに山小屋を建てて登山の基点にし、トロッコを復活させて観光地化しようというような話になったんですね。その企画を、当時の大滝村にもっていったんですよ。土地所有者である東京大学の秩父演習林にも理解をもらおうと話をもっていったとき、今一緒に活動している仁多見先生(東京大学准教授)がいたんです。で、先生も、「それは面白いから自分も参加するよ!」と言ってくれました。そして、当時の大滝村議会の議長だったのが山中敬久さん(秩父樹液生産協同組合長)。山中さんも、このままでは大滝もどんどん過疎化が進んでしまうから、なんとかしたいという思いをもっていまして、そこで大滝に「千年の森委員会」ができたんですね。事務局には、今の秩父樹液生産協同組合のメンバーのうちの何人かがそろっていました。
みんな思ってたんです。
林業はこのままじゃだめになるって。
1951年の拡大造林で植えられた人工林は、もう伐期を迎えている。何とかしてそれをお金に換えて、その後の森林の姿を考えることが必要だと考えました。それは「千年の森委員会」の理念でもありました。それからは、いろんな山を調べはじめましたね。当初はブナに注目していました。ブナ林は今も大滝の奥に群生地があるんですが、拡大造林以前の山を知っているご老人に伺ったら、大山沢、大若沢(秩父市中津川)あたりは全部ブナ林だったっていうんですよ。人工林にするためにブナをほとんど切ってしまってから、山や沢が荒れてしまったっていう話を聞いて、ブナ林を再生したいと思ったんです。
それが森との最初のかかわりだったわけですね。
でも、ブナを植えても結局は自分たちで木を植えているっていう自己満足でしかなかったんです。これじゃあ続かないって思って、山中さんに、「やっぱりこれじゃだめだ、業として成り立たせて、大滝の人が食べていける仕組みを作らなくっちゃ」って話したんです。補助金頼りじゃなくって。自分たちで何かを考えて、自分たちで何かを生み出さないといけない。私も、自分がやりたいことを真剣にやっていこうと思い立ちました。森の再生のことを、そして自分が言い出したカエデのことをさらに突き進めて、どこに出しても恥ずかしくない、新しい地域の仕組みをつくろうとして本気で動き出したんです。
そうして育てていく山の将来の姿を見ることができるのは、もう次の世代になります。長い年月を経ないと結果が出ないのが既存の林業の難しさですよね。だけど、カエデは毎年樹液が取れる。この「伐らない林業」で少しずつ資金を増やしながら「伐る林業」を支えていき、伐期を迎えたらいよいよ材を出す。この新しい林業の形をつくりあげるのが目標ですね。
島﨑さんたちの取り組みに、若い世代は参加しているんですか?
森を通じて、子どもたちが秩父を誇れるように
将来、例えば20年後、林業を取り巻く情勢がどうなるかは解らない。今の段階で何が正しい答えなのかは解りませんよ。だから、今の取り組みを正しい答えにしていく努力を、みんなでしていくしかないんです。山から里へ、多くの人を繋げる仕組みを上手くつくりたいですね。共鳴してくれる人がだんだん増えていけば、いずれ大きなものになる。そう思うんです。