森を育てて、お菓子を創る
中村 雅夫さん

森を育てて、お菓子を創る
秩父の自然が育んだ「カエデ」で、地元を代表する新たなお菓子創りを。その斬新なアイディアと地元への熱い想いを原動力に、秩父のお菓子屋さん16店が志をともにして設立した「お菓子な郷推進協議会」。
ふるさと秩父から全国へ、さらには世界へと発信する「秩父名物・カエデ糖のお菓子」にまつわる物語の立役者である中村さんに、その想いを語っていただきました。
(取材日:平成25年12月25日)

お話を伺った方

お菓子な郷推進協議会 専務理事
秩父中村屋 取締役

中村 雅夫さん

「物」を売るのではなく、「物語」を売るんです。


秩父カエデ糖を使ったお菓子も、着々と認知度を上げてきましたね。協議会が活動をはじめてから10年。現在に至るまで、活動を取り巻く環境にはどんな変化が起きたと思いますか?

そもそも「お菓子な郷推進協議会」は、秩父を代表する新たなお菓子作りをしよう、という考えのもと、平成14年に秩父郡市内のお菓子屋さんが手をとりあって結成されました。当初は、秩父でも栽培していたイチゴとキュウリとブドウとシイタケの4つの農産物でやろう、と考えました。だけどそれぞれすでに国内に大産地があって、果物に関しては有名なお菓子もあり、強敵は多かったんですね。でも、秩父にはカエデがあるじゃないかと。当時の市長にカエデの取り組みについて、こういうことがやりたい!と直談判して、それならやってみろということになったわけなんです。
設立総会の様子
それと、じつはこの「森を育てて、お菓子を創る」という考えのきっかけになったのは、青年会議所時代に、秩父で「里山は海を育てる」というテーマの講演会が開催されたときのこと。気仙沼の話でした。気仙沼の牡蠣の養殖をしている人たちが、気仙沼湾に流れる川の上流に広葉樹を植えているっていう話でした。それを聞いて、菓子屋が木を植えるっていうのを考えるきっかけになったんです。
樹液を煮詰めてカエデ糖になる
一番最初に、ペットボトル一本分のカエデの樹液でメープルシロップを作ってみました。実際に煮詰めると15グラムぐらいにしかならなかったんですけどね。でも、ちゃんと甘くなって、「これだ!」ってなりました。取り組みを続けていくごとに少しずつ協力してくれる人が出てきてくれましたね。実際に行動したこと、物を作ったことが皆さんに伝わっていったのかなと思います。


一番大きな転換の時期はいつだったんですか?

やっぱり、平成20年にモンドセレクションを受賞したときからですね。これは他人の評価、お墨付きをいただいたということだと思っています。いわば、「ブランドによるブランド化」ができたということ。それまでは周囲からは「いい話だね」で終わっていたのが、受賞後は、「いつやる?」という風に具体的な興味に変わってきたんですよ。「国産のメープルシロップです」というだけだと「へぇ~」で終わってしまうところを、「モンドセレクション受賞」という付加価値をつけたことで、「おぉ、そうなん?」ってなる。実は、事業計画というストーリーを起承転結で作ったんです。あとは、そのストーリーに沿って事業を展開していっているだけなんですよね。映画にもメインストーリーがあって、スピンオフがあるように、カエデ糖を使ったお菓子創りというメイン事業があって、そこから派生して、今進めているパン作りやカエデの炭作りへと繋がっていく。「森を育てて、お菓子を創る」がメインテーマで「物を売るのではなく、物語を売る」のがサブテーマですね。

でもまだ実際は認知度不足だと感じています。秩父の中でもまだ3割の人しかカエデのお菓子のことを知らない。7割の人は知らないんですよ。まだまだこれからですね。

一番大変だったのは、人の意識を変えること。


今までに無い新しい取り組みを始めるのは、多くの苦労があったかと思います。これまで推進してきたカエデの取り組みで、最も大変だったことは何ですか?

モンドセレクション受賞(H22)
最も大変だったのは、「人」つまり「人の説得」です。今は「森林資源の活用」ということがしきりに言われていますけど、活動を始めた当時は、「山は守るもの」という考えの人が大部分だったんです。この意識を変えること、説得することが本当に大変でしたね。だけど、モンドセレクションで受賞したことによって、それまで20~30年かかっていた林業の「業」としての結果を、1、2年で出すことができた。それで、みんなが「面白い」と思ってくれたんです。それで大きく変わってきましたね。

「モンドセレクションに出します、受賞します」と先に公言しちゃったんですよ。言ったからにはやらないといけない、と思ってやってきました。まさに相撲で言う徳俵に足がかかった状態、ギリギリのところで踏ん張っていました。その状況で、じゃあ次はというと、メンバーの協力が不可欠でした。いくら僕一人が「やります」と言ってもダメ。メンバーがどれだけ一緒にやってくれるか、モチベーションのベクトルが同じ方向を向いてくれるかが肝心なところですよ。そのために、具体的な目標を立ててわかりやすくしました。「一週間仕事を休んで、家族全員ビジネスクラスで海外旅行できるようになろう!」とか「いい車を買えるようになろう!」なんて言うわけです。はるかなる遠い目標の話だけれど、噛み砕いてわかりやすいように説いていくのが一番時間かかりましたね。だから、やっぱり「人」なんですよ。外側に向けての説得と同時に、内側(同業者・メンバー)に向けての説得の両方が必要でしたね。


いい意味で想定外だった出来事、「これは面白い!」と感じたことはなんでしょう。

やっぱりエントリー初年度でモンドセレクションを取れたことは想定外でしたね。10年かかると思っていましたから。当時、受賞していたのは埼玉県ではCOEDOビール(川越市)しかなかったんです。相当苦労したと聞いていたので、難しいだろうなとは感じてはいましたが、エントリーした商品6つ全てが受賞できたのは本当にうれしかったですね。

じつは、エントリーにあたってJETRO(ジェトロ:独立行政法人日本貿易振興機構)の方に相談をしたら、「あんこを捨てないとだめだ」と言われたんですよね。つまり、モンドセレクションの審査員はヨーロッパの人で、彼らにあんこは馴染みがないからということだったんです。うちは何十年も続く和菓子屋ですから、どうしようかと思いましたよ。だから、初めて「ちちぶまゆ」っていうカエデ糖が入っているマシュマロのお菓子ができたとき、うちの母に、「80年の歴史で初めてあんこのない和菓子ができた。お前はうちを潰すつもりか」っていう感じで泣かれたけれど、いざ受賞してみたら「やっぱりそうなると思ってた」なんて言ってました(笑)

地域のみんなでつくったチームなんだから、みんなでハッピーになりたい


ブランド化を進める中、モンドセレクション以外にも積極的なPR活動をされてきましたね。

FOODEX JAPANにて(ケベックの大カエデ農場オーナーと)
いろいろやってきましたね。中でも、FOODEX JAPAN(アジア最大級の食品・飲料専門展示会)に出た理由は、これまで秩父からは出展したことがない世界なので、一度チャレンジしてみようということになったからです。それで出てみたら、1ブースが1間分(1.8mx1.8m)しかなくて、しかも対面が日本最大のシロップ輸入業者さんでした。どうしようかと思いましたけど、その業者の人が「本当に国産のメープルですか?」とびっくりしてくれたし、自分のところに来たバイヤーさんに僕たちを紹介してくれたんですよ。そういう意味で、FOODEX JAPANに出展したことで、業界の中での認知度を上げることができたのは大きかったですね。

今でもその時のバイヤーさんから「うちで売らないか?」と言ってくれるんですけど、そうなると、地元の売り上げになりませんよね。地域でやっているんだから、地元の業者を通して売っていきたい。地域のみんなでつくったチームなんだから、薄くても良いからみんなでハッピーになりたいですよ。

「秩父の森づくり」というステージで、「お菓子」という役者が輝く

最初、イチゴとキュウリとブドウとシイタケの4つの農産物の話をしましたけど、それが全部難しいとわかったとき、だからと言って外から持ってくるのではなく、じつは宝は足元にあるんじゃないかと思ったんです。この宝って、つまり「地域資源」ですね。無いものねだりをせずに、よくよくそれを探すことができれば、あとは原石を磨いていけばいいと考えました。それで「カエデ」というストーリーを作ったときに、「森を育てて、お菓子を創る」と言えば、ぱっとイメージが湧く。要は、森づくりとお菓子創りを同時進行するとき、「森づくり」というのがいわばステージを形作っているんです。

それで、お菓子というのが役者ですよ。どんなにすごい歌手でも、名もないステージじゃ売るに売れない。だけど、東京ドームで歌えばチケットが高い値段で売れる。それと同じように、「秩父はカエデの産地で、秋には紅葉がきれいな人気観光地。実はそこから取れたメープルなんですよ」となると、うけるわけです。

カエデの他にも、「ちちぶ太白いも」や「借金なし大豆」も地域資源として注目されてきました。みんな気づいてきたんですよ。「無いものねだりではなく、今あるものを活用すればいい。そうしたら、宝の山は地域の中にあるんだ」って。その中でもカエデは、もともとカナダ産のメープルが「高級品」と売り出されていたので、国産のメープルも「高級品」というイメージになりました。それと、やっぱりモンドセレクション受賞ですね。ちょうど、大手ビールメーカーのTVCMで、「モンドセレクション最高金賞受賞」というのが盛んに流れていて、モンドセレクションに対するみんなの認知度が上がった。これも後押しとなったんですね。

秩父のメープルは、外国産に比べてコクがあって、栄養価が高い!


外国産のメープルと国産のメープルの味の違いってあるんですか?

実際なめてみてもらうとわかるんですが、簡単に言うと、カナダのメープルはサラっとしていて、それに対して秩父産メープル(秩父カエデ糖)はコクがありますね。さらに、カナダ産のメープルシロップに比べて秩父産のものは、カルシウムが2倍、カリウムが3倍含まれているとのことです。この理由はまだわかっていないんですが、たぶん、秩父はイロハモミジやヤマモミジが多く、それらにミネラルが多く含まれているんじゃないかといわれています。カナダのものは、単一種でサトウカエデ(シュガーメープル)から樹液を採っているんですよ。秩父でシュガーメープルに近いのはイタヤカエデ。イタヤカエデの樹液はサラッとしています。それも何故かはまだわかっていないんですけどね。


国内でカエデ樹液の研究ってこれまでにされてきたんですか?

樹液採取の様子(三峰にて)
カエデ樹液に関する文献って、主だったものはこれまでに2件しかないんですよ。昭和15年の北海道帝国大学の論文と、平成20年にその論文を追従したものだけなんです。昭和15年の論文には、「樹液は商売にならない」「なんで樹液が出るかわからない」と書かれていました。平成20年の論文でも、「なんで樹液が出るのかわからない」まま。それで東京大学の話だと、どうも2説あって、1つは、もともと木は樹液を抱いたまま寝ているという説。冬場に木を切るととても硬いけど、あれは樹液が凍っているからだっていうんです。

木って中心は死んでいて外側だけ成長しているんだけど、その部分でしか樹液は取れない。これがいわゆる「集束帯」というものなんですが、樹液のパイプですよね。ちなみに、これがストローのように真っ直ぐだと僕たちは思っていたんですけど、東大の人が言うには、スパイラル(らせん状)に上がっているらしいと。それを今年(平成25年)の実験で確かめているんです。もう1つは、昼間と夜間の気温差のせいで、あたたかい昼間には木が膨張して、夜は寒いから木も縮む。これがスポイトのような効果を生んで、夜寒いから、昼間にスポイトのように土中の根から水分を吸い上げて、樹液を生成しているんだという説。木に穴をあければ、内圧がかかっているから樹液が外に出てくるということなんですね。どっちの説でも、カエデの樹液は芽が出た瞬間に止まるのは解っていて、止まる時期はどっちの説も同じ。だから樹液を採るのは冬ですね。春になると芽が出て止まってしまうんです。

まだまだ広葉樹の研究はされていないから、秩父のカエデでいろいろデータをとって実験してみたいと考えています。そうすればまた違う使い方もできるかもしれないですね。


カエデの森づくりへの取り組みも積極的にされていますね。

植樹活動の様子(定峰にて)
戦後、それこそ全国でそれまでの天然林を伐採してスギやヒノキを植林してきたという事実がありますよね。そこを全否定するのではなく、過去は過去として、埼玉県では間伐したところに広葉樹を植えて徐々に昔の山に戻していく、というやり方をしています。それが秩父ではカエデ、ということになるわけです。カエデって陰樹なんですよ。だから成長するのに少し陰が必要だから、間伐地に植えるのは理にかなっていると思うんです。それに、地域の人と一緒になって森づくりをするというのはとても大事なことです。今後も続けていきたいですね。

カエデは、人と人とをつなげてくれて、出会わせてくれる木


これからの目標って何ですか?

「夢は世界制覇!」と語る中村さん
次の目標は、世界進出、つまり輸出だと思っています。じつはカナダ ケベック、スウェーデン、韓国にお菓子のサンプル送ったら、これがうけたんですよ。それで、埼玉県内のモンドセレクション受賞者の人たちと連携して、「チーム埼玉」として売り出さないかと話しているところです。お互いどこか外国に行くときには、それぞれの地域の商品を持って行って、一緒にPRしてこれればいいなぁと思うんです。

最終的に、輸出は秩父地場産センターを通してやりたいという事業計画の目標がありますので、秩父自体を世界へ発信できたらと思っています。それで将来、英語が得意な若者が秩父特派員として海外で働くのも良いじゃないですか。

それと、「苗木の里親」の取り組みを始めようとしています。盲導犬に里親制度ってありますよね。あれみたいに、地域で苗を育ててもらって、それを中学校に入ったら生徒に配って、例えば、それぞれ家で苗を育てて、中学3年生の時にそれを山に植樹する。木を切る林業のほかに、木を育てる林業も少しづつ広がっていければいいなぁと思っています。

カエデって不思議な木なんですよ。人と人とをつなげてくれるんです。カエデのお菓子をやらなければ、森林に関係する人たちと出会って一緒に仕事をすることはありませんでした。いろんなところに講演に行かせてもらっていますが、必ず「カエデの話をして」って言われるんですよ。そういう、人の心をつかむ不思議な木。なぜかという答えは出ないんだけど、カエデがあるところには、人と人との出会いがある。そこに面白さを感じています。

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