森を育てて、お菓子を創る
中村 雅夫さん
ふるさと秩父から全国へ、さらには世界へと発信する「秩父名物・カエデ糖のお菓子」にまつわる物語の立役者である中村さんに、その想いを語っていただきました。
(取材日:平成25年12月25日)
お菓子な郷推進協議会 専務理事
秩父中村屋 取締役
中村 雅夫さん
「物」を売るのではなく、「物語」を売るんです。
秩父カエデ糖を使ったお菓子も、着々と認知度を上げてきましたね。協議会が活動をはじめてから10年。現在に至るまで、活動を取り巻く環境にはどんな変化が起きたと思いますか?
一番大きな転換の時期はいつだったんですか?
やっぱり、平成20年にモンドセレクションを受賞したときからですね。これは他人の評価、お墨付きをいただいたということだと思っています。いわば、「ブランドによるブランド化」ができたということ。それまでは周囲からは「いい話だね」で終わっていたのが、受賞後は、「いつやる?」という風に具体的な興味に変わってきたんですよ。「国産のメープルシロップです」というだけだと「へぇ~」で終わってしまうところを、「モンドセレクション受賞」という付加価値をつけたことで、「おぉ、そうなん?」ってなる。実は、事業計画というストーリーを起承転結で作ったんです。あとは、そのストーリーに沿って事業を展開していっているだけなんですよね。映画にもメインストーリーがあって、スピンオフがあるように、カエデ糖を使ったお菓子創りというメイン事業があって、そこから派生して、今進めているパン作りやカエデの炭作りへと繋がっていく。「森を育てて、お菓子を創る」がメインテーマで「物を売るのではなく、物語を売る」のがサブテーマですね。
でもまだ実際は認知度不足だと感じています。秩父の中でもまだ3割の人しかカエデのお菓子のことを知らない。7割の人は知らないんですよ。まだまだこれからですね。
一番大変だったのは、人の意識を変えること。
今までに無い新しい取り組みを始めるのは、多くの苦労があったかと思います。これまで推進してきたカエデの取り組みで、最も大変だったことは何ですか?
「モンドセレクションに出します、受賞します」と先に公言しちゃったんですよ。言ったからにはやらないといけない、と思ってやってきました。まさに相撲で言う徳俵に足がかかった状態、ギリギリのところで踏ん張っていました。その状況で、じゃあ次はというと、メンバーの協力が不可欠でした。いくら僕一人が「やります」と言ってもダメ。メンバーがどれだけ一緒にやってくれるか、モチベーションのベクトルが同じ方向を向いてくれるかが肝心なところですよ。そのために、具体的な目標を立ててわかりやすくしました。「一週間仕事を休んで、家族全員ビジネスクラスで海外旅行できるようになろう!」とか「いい車を買えるようになろう!」なんて言うわけです。はるかなる遠い目標の話だけれど、噛み砕いてわかりやすいように説いていくのが一番時間かかりましたね。だから、やっぱり「人」なんですよ。外側に向けての説得と同時に、内側(同業者・メンバー)に向けての説得の両方が必要でしたね。
いい意味で想定外だった出来事、「これは面白い!」と感じたことはなんでしょう。
やっぱりエントリー初年度でモンドセレクションを取れたことは想定外でしたね。10年かかると思っていましたから。当時、受賞していたのは埼玉県ではCOEDOビール(川越市)しかなかったんです。相当苦労したと聞いていたので、難しいだろうなとは感じてはいましたが、エントリーした商品6つ全てが受賞できたのは本当にうれしかったですね。
じつは、エントリーにあたってJETRO(ジェトロ:独立行政法人日本貿易振興機構)の方に相談をしたら、「あんこを捨てないとだめだ」と言われたんですよね。つまり、モンドセレクションの審査員はヨーロッパの人で、彼らにあんこは馴染みがないからということだったんです。うちは何十年も続く和菓子屋ですから、どうしようかと思いましたよ。だから、初めて「ちちぶまゆ」っていうカエデ糖が入っているマシュマロのお菓子ができたとき、うちの母に、「80年の歴史で初めてあんこのない和菓子ができた。お前はうちを潰すつもりか」っていう感じで泣かれたけれど、いざ受賞してみたら「やっぱりそうなると思ってた」なんて言ってました(笑)
地域のみんなでつくったチームなんだから、みんなでハッピーになりたい
ブランド化を進める中、モンドセレクション以外にも積極的なPR活動をされてきましたね。
今でもその時のバイヤーさんから「うちで売らないか?」と言ってくれるんですけど、そうなると、地元の売り上げになりませんよね。地域でやっているんだから、地元の業者を通して売っていきたい。地域のみんなでつくったチームなんだから、薄くても良いからみんなでハッピーになりたいですよ。
「秩父の森づくり」というステージで、「お菓子」という役者が輝く
それで、お菓子というのが役者ですよ。どんなにすごい歌手でも、名もないステージじゃ売るに売れない。だけど、東京ドームで歌えばチケットが高い値段で売れる。それと同じように、「秩父はカエデの産地で、秋には紅葉がきれいな人気観光地。実はそこから取れたメープルなんですよ」となると、うけるわけです。
カエデの他にも、「ちちぶ太白いも」や「借金なし大豆」も地域資源として注目されてきました。みんな気づいてきたんですよ。「無いものねだりではなく、今あるものを活用すればいい。そうしたら、宝の山は地域の中にあるんだ」って。その中でもカエデは、もともとカナダ産のメープルが「高級品」と売り出されていたので、国産のメープルも「高級品」というイメージになりました。それと、やっぱりモンドセレクション受賞ですね。ちょうど、大手ビールメーカーのTVCMで、「モンドセレクション最高金賞受賞」というのが盛んに流れていて、モンドセレクションに対するみんなの認知度が上がった。これも後押しとなったんですね。
秩父のメープルは、外国産に比べてコクがあって、栄養価が高い!
外国産のメープルと国産のメープルの味の違いってあるんですか?
実際なめてみてもらうとわかるんですが、簡単に言うと、カナダのメープルはサラっとしていて、それに対して秩父産メープル(秩父カエデ糖)はコクがありますね。さらに、カナダ産のメープルシロップに比べて秩父産のものは、カルシウムが2倍、カリウムが3倍含まれているとのことです。この理由はまだわかっていないんですが、たぶん、秩父はイロハモミジやヤマモミジが多く、それらにミネラルが多く含まれているんじゃないかといわれています。カナダのものは、単一種でサトウカエデ(シュガーメープル)から樹液を採っているんですよ。秩父でシュガーメープルに近いのはイタヤカエデ。イタヤカエデの樹液はサラッとしています。それも何故かはまだわかっていないんですけどね。
国内でカエデ樹液の研究ってこれまでにされてきたんですか?
木って中心は死んでいて外側だけ成長しているんだけど、その部分でしか樹液は取れない。これがいわゆる「集束帯」というものなんですが、樹液のパイプですよね。ちなみに、これがストローのように真っ直ぐだと僕たちは思っていたんですけど、東大の人が言うには、スパイラル(らせん状)に上がっているらしいと。それを今年(平成25年)の実験で確かめているんです。もう1つは、昼間と夜間の気温差のせいで、あたたかい昼間には木が膨張して、夜は寒いから木も縮む。これがスポイトのような効果を生んで、夜寒いから、昼間にスポイトのように土中の根から水分を吸い上げて、樹液を生成しているんだという説。木に穴をあければ、内圧がかかっているから樹液が外に出てくるということなんですね。どっちの説でも、カエデの樹液は芽が出た瞬間に止まるのは解っていて、止まる時期はどっちの説も同じ。だから樹液を採るのは冬ですね。春になると芽が出て止まってしまうんです。
まだまだ広葉樹の研究はされていないから、秩父のカエデでいろいろデータをとって実験してみたいと考えています。そうすればまた違う使い方もできるかもしれないですね。
カエデの森づくりへの取り組みも積極的にされていますね。
カエデは、人と人とをつなげてくれて、出会わせてくれる木
これからの目標って何ですか?
最終的に、輸出は秩父地場産センターを通してやりたいという事業計画の目標がありますので、秩父自体を世界へ発信できたらと思っています。それで将来、英語が得意な若者が秩父特派員として海外で働くのも良いじゃないですか。
それと、「苗木の里親」の取り組みを始めようとしています。盲導犬に里親制度ってありますよね。あれみたいに、地域で苗を育ててもらって、それを中学校に入ったら生徒に配って、例えば、それぞれ家で苗を育てて、中学3年生の時にそれを山に植樹する。木を切る林業のほかに、木を育てる林業も少しづつ広がっていければいいなぁと思っています。
カエデって不思議な木なんですよ。人と人とをつなげてくれるんです。カエデのお菓子をやらなければ、森林に関係する人たちと出会って一緒に仕事をすることはありませんでした。いろんなところに講演に行かせてもらっていますが、必ず「カエデの話をして」って言われるんですよ。そういう、人の心をつかむ不思議な木。なぜかという答えは出ないんだけど、カエデがあるところには、人と人との出会いがある。そこに面白さを感じています。