「手探りでつかむ 林業の未来」

 

みんな一生懸命スギ・ヒノキを植えてきたわけですよ

 

森林施業の集約化を積極的にやられていますね。

 

協議会のメンバーと山林調査をする山中さん

協議会のメンバーと山林調査をする山中さん

やっぱり林業家は、自分の家で植えた木は自分で伐って売るのが本来の姿ですよ。戦後の拡大造林で木を育てて売れば将来いい思いができると、みんな一生懸命スギ、ヒノキを植えてきたわけです。でも、いざ伐る段階になってみたら、安くてどうしようもない、自分はできない、重機も買えない、道も造れないということで、森林組合や林業事業体に頼まざるを得なくなる。自分に入ってくるのは雀の涙。結局、人の為に仕事を作ってやったようなもので、「俺は何をやってきたんだ」ってことになっているんですよ。これが現実です。

 

 

森林経営計画を立てるときに、森林所有者へ声をかけていくわけですけど、そのときは皆さんどんな反応でしたか?

 

大滝山林振興協議会の総会のときに、農林振興センターの担当の方が森林施業の集約化の説明をしました。「会でやってみますか?」と提案したら、懇意にしている大先輩から、「俺の方では地籍調査が済んでる山で、間伐をしていない山があるから、そこをやらないか」と言われ、「じゃあ検討しましょう」となりました。会で山林所有者にあたって了解を取り付けたのち、林分ごとに100平方メートルの中にある木の本数と太さを測り、林分全体の材積を見積もる。25%間伐で何立方メートルの材が出るかを計算する。搬出間伐と作業道作設は森林組合が行い、山主へいくら戻せるか見積もりをしてもらう。最終的に、全体で約25haを間伐することになりましたが、この段取りをするのに半年掛かりました。

 

施業集約化による間伐現場

施業集約化による間伐現場

秋にやっと間伐を始め、大先輩も自分の山の木がトラックに乗って出荷されて行くのを感慨深げに見ていてくれたんですが、間伐が終わって検査に入ろうかという頃、「ちょっと山中さん、来てくれ。女房とけんかになっちまった」って言うんですよ。山の木が自分が想像していたよりも伐られたのを見てがっかりしたんでしょうね。山から帰って来て奥さんに話したら「あんたが最初にやるって言ったからこんなことになった」って怒っちやったらしくて。ずっと木が茂った山を見てきたから、見慣れぬ姿にびっくりしたんだと思います。喜んでくれるとばかり思っていましたから、こちらもがっかりしましたね。それでも最後には納得してもらって、それなりの金額も精算できました。

 

この間伐のときは運がよく、県の農業大学校の施工と時期が合い、出した材をかなり使ってもらったんです。「大滝の木は良い」と認めてもらい、嬉しかったですね。

 

地元がちゃんとした哲学と信念をもってやっていれば、自然といい方向に向いていくのだと思いますね

 

カエデ活用事業の話も少し聞かせてください。

 

カエデの樹液採取作業

カエデの樹液採取作業

カエデに関しては、島﨑君(NPO法人秩父百年の森 理事長)ですね。彼も、大滝の沢という沢に入って山を見て回って調査・研究をしていました。私が大滝村議会の議長をやっていたころ、大滝もダムに依存し続けてはいけない、このままではいけない、何か考えないと、と思って「千年の森委員会」をつくったんです。嶋﨑君にも入ってもらいました。当時は、既存の林業の形と合わせて、エコツーリズムなども考えていました。委員会は数年で終わりましたが、7~8年個々でやっているうちに、「山中さん一緒にやってみないか」って話を持ちかけられて。それで、カエデは案外有望だなと思ったんです。というのは、カエデは胸高直径20cm以上のものから樹液を採るようにしているんですけど、山の所有者にカエデ一本あたり500円(1シーズン)払って採るんです。今、スギだって60年生ぐらいでも1本売ってようやく1000円でるぐらいですよね。だからちゃんと定期的に収穫できれば、これは革新的だなと思いました。秩父樹液生産協同組合での収穫量は、今はカエデ一本あたり平均で20リットル収穫して、年間だと3トン生産しています。

 

何をやるにしても、地元がちゃんとした哲学と信念をもってやっていれば、自然といい方向に向いていくのだと思いますね。もう少し、みんなを引っ張っていける人物が秩父に増えればいいと感じます。とにかく思うのは、林業は本当に難しいということ。今の日本で林業を成功させればノーベル賞ものだっていわれたこともあります(笑)

 

山中さん

山中さん

大橋さんもこのように言っていました。「森林の育成は投資した元利を回収するのに非常に時間がかかるので、昔から『山づくり』は業(なりわい)として成立しませんでした。他の業で儲けた余剰金の投資先が森林育成で、徳川時代から投資対象は土地で山持ちは田地を持っていました。いわば貯金で、山林とはこんなものです。それが「国土復興」のかけ声と戦災で焼失した住宅復興のため大量の木材需要と木材の不足から異常な高値になり、『山づくり』だけで業として成立するものと錯覚して新たに参入した人々も多かったのです。」

 

この言葉はよく噛み締めなければと思っています。だから昔の秩父では、林業の合間に養蚕もやっていたわけです。結構山のてっぺんの方まで桑を植えて。結局、生糸もダメになっちゃったけど、そのとき、養蚕に代わるものがあったなら、林業はもしかしたら違う道を行っていたかもしれないですね。

 

最後に、山中さんは大滝の山が将来どういう姿になればと思っていますか?

 

樹齢何百年という、太く立派な樹に覆われた森になればと思っています。100年ちょっとじゃあ、樹もまだ子どもですよ。それこそ、三峰神社のご神木みたいな樹が大滝の山じゅうにあるような、そういう神々しくて深い森になっていければいいですね。そのために、山を守り、育てていくのが自分の使命だろうと感じますね。

 

 

 


■関連情報

秩父樹液生産協同組合

「森の活人」支援事業紹介

株式会社角仲林業

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