「秩父の国有林 ちょっと昔のはなし」

 

浦山にも皇室の山があって、腰にサーベルつるった役人が山に来てたんだとよ

 

<中山>

国有林はほとんどが奥山だし、急な山が多いとこだし大変だいなぁ。それこそ昔は、民間でも持ちたがらない山で、山主がいねえところなんかは国有林になったっつう経緯もあったんじゃあねえかさぁ。

 

<柴崎>

大滝では江戸時代には幕府直轄の山があって、それが明治に入って国有林になったということですが、あるいはそんな理由で国有林になったところもあったかもしれませんね。

 

<中山>

そういやぁ、浦山でもこの辺は昔「御料林(ごりょうりん)」っつう皇室の山だったんだと。ここらに住んでたおばあさんに聞いた話じゃ、お役人がたまに山に入ってくことがあるんだけど、まあ今の森林官みたいなもんだいな。腰にサーベルつるって来てたってな。

 

<柴崎>

戦前はこのあたりに御料林があったんですね。その頃のお役人って肩章が付いた制服を着て、お巡りさんみたいな恰好をしてたって聞いたことがあります。

 

<中山>

ここらをまとめる担当区主任は偉かったらしいからなぁ。

 

<柴崎>

村長さんの次に偉かったって聞いたことがあります。

 

どの山ひとつとっても、そこに固有の歴史がありますよね。

 

<中山>

やっぱり山はもともと製炭業をやってる人のほうが多かったんじゃねぇかさあ。材木の需要が増えてきてっから、材として木を出すほうにみんな変わってってよ。

 

<柴崎>

暖房、煮炊きをはじめ、とにかく昔は薪や炭が燃料でしたからね。営林署でも製炭係があって、炭焼き専門でやってたみたいですし。燃料革命がおきて、それまでの木質系から、石炭、そして石油や天然ガス系へのシフトとともに需要は減っていきましたが。

 

<中山>

終戦後にはそこらじゅうの山で炭焼きをやってたいね。(浦山の)広河原の奥のほうまで炭焼きの山になってたしなぁ。俺が営林署で働き出したころも、国有林の奥のほうで炭焼き窯の跡があったりしたかんなぁ。

 

<徳光>

子どもが炭焼きのアルバイトをやって小遣い稼ぎをしてたぐらいだかんなぁ。一俵いくらってんで、山から担いでくるんだい。15キロもある炭俵をなぁ。

 

<柴崎>

製炭業も林業の変遷に大きく関わってきた、ということですね。

 

時代が変わっても、やっていることは今も昔も一緒なんだなぁと思います。

 

<柴崎>

古い写真を見ると、時代が変わっても、やっていることは今も昔も一緒なんだなぁと思います。違うのは服装だけかなあ、今時ゲートル巻いている人は見ませんね。

 

<中山>

相手する山はいつの時代も同じだかんなぁ。

 

<柴崎>

木を植えて、育てて、伐って、それをお金にして、売上の何割かのお金で次の木を植えて。何世代くりかえすか分かんないけど、そうやって続けていくんですね。林業機械や造林技術などの開発はどんどん進んできたけど、基本的にやることは同じだね。人間は、木との関わりが長いから、いろいろと使い方を見出してきました。柱にはこの木、梁にはこの木、水回りにはこの木、農具の柄にはこの木とか、知識を身に付けてきたんですね。

 

<中山>

そういうのは実際の経験からきてらいなぁ。

 

<柴崎>

担い手がいなくなるのはやっぱり問題ですよね。林業っていうのは、自分が植えて、孫がお金に換えるっていう産業で、結果を見るのは何十年も先のこと。これからの林業は、間伐のための作業道を入れながら材木を出して、5年、10年たってからまた間伐をする。全部は伐らないようにして、空いたところに広葉樹を植えたり、自然に生えてきた広葉樹を育ててたりする方法が主流になっていくのかなと思います。

 

<中山>

最後は管理だけになるだんべ。現場に人がいなくなっちまうからなぁ。

 

<柴崎>

ある程度その山から材木を出したら針広混交林にしていって、「今までありがとうございました」って元の自然の山に戻していくわけですね。どれだけ先のことになるかはわかりませんが、そういった山の姿になっていくんじゃないかと思いますよ。

 

<徳光>

案外近いうちにそうなるかもしれねぇなぁ。

 

現場のことは、現場で新しい人に引き継いで繋いでいかねぇと。

 

<柴崎>

山のことを知っている人がいなくなっちゃうと、現場のことが解らなくなってしまうんです。「あの木はどこにあって、この沢づたいに行くと~」とか。実際の現場で教えてもらわないとわからないことは多いですよね。

 

<徳光>

本来、現場のことは、現場で新しい人に引き継いで繋いでいかねぇと。そうじゃないと本当にわかんなくなっちまうもんがあるかんなぁ。もちろん図面もあるけど、現場ではやっぱり図面と違うところが結構あるからなぁ。

 

<柴崎>

今は国有林もOBのお二人がこうしてなんとか山に来てくれますから、本当に助かっていますよ。

 

そういえば、現在はお二人とも国有林でどんな仕事をされているんでしたっけ?

 

休憩所にて

休憩所にて

<中山>

定年で一度引退して、再雇用でお世話になってるんだけどよ、今は現地調査が中心かさぁ。あとはシカ柵の点検と補修、歩道修理といったところだな。まぁ、昔は現場作業員がいっぺぇいたから直営でいろいろやってたけんど(植林・下刈り・伐採などの山仕事の作業の全部)、今は2人になっちまったから、できることは限られちまうやなぁ。OBはみんな年をとっちまったから、山に入れる人もいなくなっちまったい。

 

 

やっぱり人が少なくなっちまうのは寂しいなぁ。山に活気がなくなる。

 

<柴崎>

現場じゃないとわからないこと、次の世代に引き継いでいくべきことを教えていただく、それが大きいですね。そうはいっても、技術的なことを直接伝える後輩がいないわけですから、そういった面では寂しさを感じていらっしゃると思います。

 

<中山>

寂しくなっちゃったいな。当時は人が多すぎて、モノゴトを決めるのに手間くってて、人がちっと減ればまとまりがでるだんべ、なんて思ってたけんど。やっぱり人が少なくなるってのはさびしいよ。山に活気がなくなったいな。やっぱり人が多かった時代はよかったなあ。そりゃあいろんな人がいればケンカも起きるけど、仕事をする面白みはその分あったよ。後んなってそう思うんだけどな。

 

これまで長年山仕事に携わってきて、良かったこと、楽しかったことってなんでしょうか。

 

<中山>

そうだなぁ。いざ聞かれると難しいけんど、なんでも一生懸命仕事をするっちゅうことは身についたいなぁ。あとは、やっぱり山に人が大勢いたときは楽しかった。今考えるといい時代だったのかもしんねぇ。まあ、こうして年とっちゃうと、正直なところもうきついでなぁ。だいいち体が言うことをきかねぇ。昔、年寄りの人が言ってたことが身に染みてわかる年になっちまったいなぁ。

 

これからもお体には気を付けて頑張ってください。

 

<中山>

自分の体が動けるうちは、というよりゃあ、こうして頼んでもらっているうちはなんとか山でやっていてぇと思うけどよぉ。

 

<徳光>

ハァ、年には勝てねぇで(笑)

 

 

 


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